大阪から夢を追いかけて東京へ。
フジテレビ主催 「ナイスガイ・コンテスト」 で、準グランプリを獲得。秋元康プロデュースのアイドルグループ「幕末塾」のグループ活動中に映画に抜擢される。 さわやかさと、コミカルな演技が認められその後、数々の映画、ドラマで人気者に。
周囲もこのまま俳優にと思っていたところ「情報バラエティの仕事がしたい。」自ら事務所に願い出ます。
やっぱり大阪の庶民育ちの何かがニョキニョキと出てきてもうたんですね。自分、昔から人懐っこい子供やったんです。いろんな人に会いたい、いろんなところに行って、いろんな人と話したい、情報番組のリポーターさんみたいな仕事がやりたいんですってお願いしたんです。
お試しとして初めていただいたリポーターとしての仕事は「山田邦子の旅くらぶ」という日曜のお昼の生放送。工夫を重ねてどうやったら美味しさが伝わるのか細かく研究。それがきっかけとなり仕事は徐々にリポーターがメインに。
命の2秒と言われてるんですが食べ物をお箸で持って、ここで必ず2秒必ず止めて下さい。というのはカメラが餃子のアップから口元に追い切ってズームするのに大体2秒かかる。あと2秒止めることによって編集点ができる。
B級グルメは目を開く、高級グルメは目を閉じる。
とんかつは左から3切れめを食べる。
美味しそうに見えたら、作った人も喜びますやん。テレビを観た人が『ああ食べたいな』と思ってくれたら嬉しいしね。
30代後半のころ、彦摩呂さんは自分でVTRの放送を見た時に「もうひとつ爪跡が残ってないし、面白みがない、個性がない」という悩みを感じるようになります。その日は北海道の魚市場でのロケで、市場の食堂で海鮮どんぶりを食べる撮影がありました。
刺し身が新鮮で、キラッキラに光ってるのを見て「うわ〜!海の宝石箱や〜!」って言うて「食べ物を他の物に例えたらカットやな」と思っていたら字幕スーパー付きで採用され、そっからきっかけに、色んな物を例えるようになって。
メキメキと頭角を現し、その魅せ方と親しみのある人柄、彦摩呂さんならではのコメントでお茶の間で人気となり、グルメレポーターの第一人者に。
海の宝石箱や〜!をきっかけに数々の名セリフが生まれます。
味のIT革命や〜!
具の満員電車や〜!
ホルモンのトランポリンや〜!
お肉と野菜とタレの騎馬戦や〜
etc…
子供の頃好きだったのが、母の作るハンバーグ、たまねぎのみじん切りなんかも粗いんやけど、それがまたいいんですわ。
美味しい料理も沢山食べれるようになった頃、30年ぶりぐらいにおかんに作ってもらって、食べた途端に子供のときの記憶がバァーッと甦ったんですよ。
一番の好物は母の作ったハンバーグでした。
彦摩呂さんが誰よりも食べ物の感動を表現できるようになった背景には母の愛情一杯の手料理がありました。
鍵っ子やから首から鍵ぶら下げてお兄ちゃんと歩いてたこと、いじめられて泣いて帰ってきたこと、ザリガニ釣りして泥んこになったときのこと。そういう記憶を、おかんのハンバーグを口に入れた瞬間に思い出したんですよ。
味覚というのは、記憶そのものですよ。日本全国の凄腕シェフのハンバーグを食べ尽くしてきましたけど、それらをはるかに超えますね。味の記憶、それは自分の財産ですわ。そういう味があるだけで、人生は潤うと思うんです。