猫を愛した奇想の絵師
歌川国芳(1797-1861)。武者絵で名を成し、風刺とユーモアに富んだ作品を残し、猫好きの絵師としても知られる江戸の浮世絵師。その生涯をたどります。
江戸に生まれて
歌川国芳は江戸時代後期の浮世絵師。江戸日本橋に生まれたとされ、15歳で初代歌川豊国に入門しました。若い頃は一時不遇の時代を過ごします。
武者絵の国芳、躍り出る
文政10年(1827)頃から刊行された「通俗水滸伝豪傑百八人之一個」シリーズが評判となり、国芳は一躍人気絵師に。名所絵の広重に対し、「武者絵の国芳」と称される存在になりました。
猫だらけの国芳塾
国芳は猫好きとして知られ、作品の中にも猫がたびたび登場します。のちに画家となる河鍋暁斎も幼い頃に国芳から絵を学びました。国芳のもとには多くの弟子が集まり、猫を描いた作品や逸話も残されています。
猫が、主役になった
国芳は、猫を擬人化した戯画や、猫を組み合わせた文字絵など、ユーモアあふれる猫の作品を数多く手がけました。猫好きとして知られた国芳らしく、猫は単なる脇役ではなく、作品の主役として生き生きと描かれています。
天保の改革、風刺で挑む
老中・水野忠邦による天保の改革では、庶民の娯楽が厳しく取り締まられ、役者絵や遊女を描く絵など人気ジャンルにも規制が及びました。国芳は、そうした時代の中で戯画や風刺画に活路を見いだします。
「源頼光公館土蜘作妖怪図」は、表向きは源頼光の土蜘蛛退治を描いた作品。しかし実際には、天保の改革を進める為政者たちと、それに怨嗟の声をあげる庶民の姿を重ねた、きわどい風刺画とされています。
庶民に愛された奇想の絵師
国芳の戯画や風刺画は江戸の人々を大いに楽しませました。一部の作品は発禁となり、奉行所に呼ばれることもありましたが、国芳は武者絵、戯画、風景画、美人画、役者絵、子ども絵など幅広い分野で活躍し、多くの弟子を育てました。
やがて浮世絵は海を渡り、ゴッホやモネら西洋の画家たちにも影響を与えていきます。
そもそも、猫と日本
日本の猫については、古くから仏教の経典をネズミから守るため、中国から渡ってきたという説が知られています。一方で、近年は弥生時代の遺跡からイエネコとみられる骨が見つかるなど、猫と日本人の関わりはさらに古い可能性も指摘されています。
平安時代の『源氏物語』「若菜上」には、貴族のもとで飼われる唐猫が登場します。自由気ままで、どこか謎めいた存在としての猫。その長い歴史も、国芳の猫の魅力につながっているのかもしれません。





