ホーム チェ・ゲバラ「広島からの葉書」 × 小さいふ。

手塚治虫


ゲバラ

世界で一番格好良い男

あの頃、世界で一番かっこいいのがチェだった

ジョン・レノン


小さいふ偉人シリーズ、第二弾は
ビートルズのジョン・レノンが「世界で一番かっこいい」と語った男。
革命家チェ・ゲバラ。

特徴的なヒゲと精悍な顔立ちと熱い眼差しで遠くを見つめる姿。
Tシャツなどで目にしたことがある方も多いのではないでしょうか。



もし私がロマンチストだと言われるならば、
救い難い理想主義者だろうと言われるならば、
できもしないことを考えていると言われるならば、
何千回でも答えよう。
その通りだと。



82 vs 20000
アルゼンチンの裕福な家庭に産まれ、医学生として医者を目指していたゲバラでしたが、大学卒業間近であった23歳の時にオートバイで南米縦断の旅に出ました。
その途中に数え切れないほどの、しいたげられ、抑圧された人々の姿を目にし、この時の体験が後に革命を志すきっかけとなったそうです。

その後、祖国キューバの独裁政権打倒を目指すフィデル・カストロと出会い、二人はお互いの考えに共感。
カストロをはじめとした若者たちと共にたった82人でキューバへ乗り込み、徐々にその勢力を強めながら25ヶ月間にもおよぶゲリラ闘争の末、20000人の政府軍を相手に革命を成功させます。

軍医として参加していたゲバラですが、その人望と才能からゲリラ闘争の途中からカストロに次ぐNo.2として兵士たちを率いていたそうです。

(革命家にとって重要なことは?と聞かれ)

バカらしいと思うかもしれないが、真の革命家は偉大なる愛によって導かれる。
人間への愛、正義への愛、真実への愛。愛の無い真の革命家など想像できない。



プラサ・デ・ラ・レボルシオン
キューバのハバナにある「革命広場」
ゲバラと日本、広島
日本と同じ島国で工業力の乏しいキューバにとって、日本の戦後の復興が見本になるとキューバ革命成立の翌年1959年、アジア・アフリカの親善大使としてゲバラは終戦から14年後の日本を訪れました。
ゲバラはそこで働く日本人の熱心さに心を打たれたと言います。

医者でもあるゲバラは広島と長崎の被爆者達が様々な病気で苦しんでいるという記事を読んで以来、原爆の被害に強い関心を抱き続けていたそう。
そこでゲバラは「広島に行きたい」と日本側の責任者に毎日のように申し出ましたが、なぜかその願いは退けられ続けました。
一説にはキューバと対立関係にあったアメリカへの配慮からだとも言われています。

「このままでは広島にはいけない」と思ったゲバラは滞在10日目、大阪での工場の視察中のこと。
同行していた側近のフェルナンデスに突然囁きました。

今夜広島に行くぞ。お前と俺だけでな


翌日からの視察を他のメンバーに任せ、二人だけで夜行列車へ乗り込み
そしてついに、ゲバラは広島の平和記念公園に辿り着いたのです。


このために広島にきた
急遽取材にあたった元中国新聞の記者の証言では、慰霊碑の前でゲバラは「この慰霊碑の''過ちは繰り返しませぬから”の言葉に主語がないのはなぜだ。原爆の過ちはアメリカの責任ではないのか」と語ったといいます。

その後、広島赤十字・原爆病院を訪問し様々な原爆症の患者を見舞う中で、一人の若者に近づき話しを聞いた後、悲しい顔で振り返りこのように語ったといいます。

ここで知ったことは私の人生で一番悲惨な出来事だ
(自らの目で原爆の現実を見る)このために広島にきたのだ


今日からは広島と広島の人を愛していこう


ゲバラが広島に来た狙いは、自らの目で歴史の現実を見ること。
国家権力がエゴをむき出しにしたとき何が起きるのかを広島は物語っていました。
広島からの手紙
ゲバラは、広島から妻へ手紙を送っていました。
そこにはこう綴られています。

今日は広島から送ります。

原爆の街です。

18万もの人がここで亡くなったそうです。

平和を守るため

全力で戦うにはここを訪れるべきです。

父の意志を受け継いで医師となった長女アレイダは、このハガキの言葉通り2008年広島を訪れ、父と同じく慰霊碑の前に立ちました。

ゲバラが広島の状況をキューバに伝えて以来、今も学校でその歴史は教えられ、広島や長崎の悲劇はとても需要なテーマとしてキューバ国民に受け継がれているといいます。

晩年ゲバラは子供たちに向けた手紙にこう綴りました

世界のどこかで誰かが不正な目にあっているとき、痛みを感じれる人間になりなさい。
それが革命家のもっとも美しい資質です。

核廃絶 ”民衆のために”
戦争ほど、残酷なものはありません。
その犠牲になったのは多くの罪のない一般市民でした。
人権は法律や条約があるから与えられるものではないはず。
人間は本来、誰しもかけがえのない存在だからこそ、
性別、国籍、民族、宗教の違いに関係なく、
自由と尊厳が守られなければならないのです。

敵対する者を消滅させる力を持ち、人間の尊厳を脅かし続ける核兵器。
核兵器の存在が人類にとって悪であるという共通認識がなければ、武力による威嚇と行使の恐怖を免れることはできず、本当の平和が訪れることはありません。

ゲバラの盟友フィデル・カストロも2003年に広島を訪問しました。
そして「人類は広島の教訓を十分学び取っておらず、世界はまだ危険のふちにいる。たくさんの人々が広島を訪れなくてはならない」と語りました。



またカストロはこのように語っています。
「日本は世界で唯一の被爆国です。すでに戦争が終結しつつある時に、しかも一般市民に対して核兵器が使用された。あまりにも反人道的です。今も世界では核兵器がつくられています。大きな経済的負担を強いながらー。冷戦は終わったのです。何のための核なのか、人類の英知は何のためにあるのかと私は問いたい」「武器を増やすより、民衆の生活を守るべきだ」

核兵器が唯一使用された街、広島、長崎。
「平和を守るために全力で戦うにはここを訪れるべきです。」とゲバラが葉書に綴ったように 世界中のリーダーがここを訪れ”民衆のために”という一点心を合わせ、平和を誓い、胸襟を開いて話し合い、平和を創造していく場所になることを願います。

ゲバラの広島から送った手紙をモチーフにした小さいふ。
2018年8月6日(広島平和記念日)21時より発売開始です。

チェ・ゲバラと広島のことを調べるにあたり、何冊か読んだ中で一番オススメの本を紹介させていただきます。



ゲバラのHIROSHIMA

著者:佐藤美由紀
発行元:株式会社双葉社

詳細・ご購入はこちら
(双葉社さんのページへ)

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